「憤り」

新年度でございます。

新入学、新社会人、進級。環境も人間関係も、何もかもが変わる人もいるでしょう。

 

ボクの住む大学の寮にも、一週間ほど前から続々と新一年生が引越して来ている。

ボクの部屋は五階の角部屋なのだが、入寮当初、隣は空いていたし、お向かいも週に一、二日くらいしかいないような人で、二年生になる頃には退寮していていつの間にかいなくなっていた。

そんな感じで、それはもうのびのびと過ごしていたのだ。

ところが、去年、未だに一度も話したことは無いが隣に誰か越してきて、空きが多かった周りの部屋にもずいぶん人が増えた。そして今年は、ボクの角部屋周辺の部屋ほとんどに誰かが越してきている。お向かいにも誰か越してきたようだ。まだ会ったことは無い。

 

あ、そうだ。ついこの間。新一年生と思われるが、久しぶりに憤った。

エレベーターに乗った時のこと。ドアが閉まりかけた時に遠くから話し声が聞こえたから、とりあえず開ボタンを押して待つことにした。扉の外に顔を出すと、二人組みがこちらに向かって歩いてくる。目が合って、ボクが開けて待っていることに気付いたようで、「あ、あいつ、いいヤツやな」的な会話が聞こえる。そしてタラタラタラタラ、タラタラタラタラ急ぐ素振りもなく、ニヤつきながら乗り込んでくる。それだけなら、まだ、一万歩譲って許せる。呆れ果てて放心状態だが、まだ良しとしよう。

しかし彼らは、ボクの顔をチラリと見ただけで何も言わない。我が物顔で乗ってきて、自分の階にそれぞれ降りて行った。

 

ちょっと待ちなさい、君たち。

     

喉まで出かかっていたけれど、もし肉弾戦となれば相手は運動部だから勝てないし、翌日にステージを控えていたから無駄な争いでの徒死を懸念して何も言うことができなかった。非常に悔しい。だから頭の中で酷い言葉を連打して罵ってやった。

 

恩着せがましく言うつもりは決してないが、同じ建物に暮らしているのだから、思いやりというのは大切だ。開けて待っているのが分かれば、小走りするとか、乗った時に小さくでも会釈するとか。なぜそんなささやかな気遣いができないのか。彼らは部活でいったい何を学んできたのだろうか。

 

ボクはあんまりエレベーターを使わないようにしているんだけど(健康を考えて階段使用強化なう)、食後とか、今日はエレベーターな気分だな、エレベッちゃおうかなって感じで乗ることも多い。特に夜は。

そんな時は必ず、他に乗る人がいないか、わざわざ扉の外に顔を出して確認する。本心を言えば、乗ったらさっさと閉ボタン押して部屋に帰りたいですよ。そりゃそうですよ。聖人君子じゃあるまいし。

でもどうしてその手間をかけるかって、人間同士のぬくもりはそういう些細な思いやりから生まれるからだ。ボクと同じように移動時間をさっと短縮したい人が僅かな差で乗れなかった時に、エレベーターが戻ってくるまでには時間がかかる。すぐに戻ってくる時もあるが、タイミングによっては各階に止まったりして遅くなることもある。もしかしたらトイレを我慢してるかもしれないし、これから外出する人ならば電車の時間があるかも知れない。当たり前のことなんだけれど、そんなことを考えたら、ドアの外を確認するたった数秒の手間くらいなんてことはない。

 

もちろん、さっきみたいなチンチクリンばっかりじゃないんですよ、うちの寮は。群れるとやかましい奴らは多いけれど。

ボタン押して開けて待ってるって分かるとすぐに走り出して、或いは早歩きをして、乗る時に必ず、すいません! と言ってくれる。降りる時に、お疲れ様でした、と添えてくれる人もある。野球部の方に多いかな。一見、柄悪そうに見えるんだけどね、見た目で判断しちゃいけませんことよ。ボクのような内向的文化系人間の偏見だ。

 

特に関わることはなくても、同じ屋根の下にいる者同士、ほんの何てことのない一瞬の生活のふれあいが心を育てていく。

あのチンチクリンコンビも、これから大学でビッシビシ心を鍛えて改心することを祈っておるぞ。