「孫」

老け顔界ではそれなりの地位を築いてきた。孫の一人や二人いるものだ。

 今年でもう六歳になる孫がいる。あ、いや、いとこの子がいる。ビクトリア(仮名)は、生まれた時から成長を間近で見ている。感慨も一入である。

 

去年の秋頃から少しずつではあるがギターを教えている。ちょっと前からピアノも習っていて、英会話にも行っていて、今度はギターまで大忙しのビクトリア。六歳にして素晴らしいスケジュールだ。

会うたびに驚かされるのは、ビクトリアの記憶力。ボクは福岡に住んでいるから、ギターを教えられるのは長い休みに入った時に限られる。だからどうしても間が空いてしまう。それにギターコードの押さえ方が書かれた紙を渡しても、やはり六歳の子が読むにはまだ難しい。けれど、一、二ヶ月ぶりに会って、

 

「Emの押さえ方覚えてる?」

 

と言うと、本人も分かっているのかいないのか不思議な表情を浮かべるが、ちゃんと押さえている。次に、

 

「じゃあ、Amは?」

 

これもまた、不思議な顔をしながらもちゃんと押さえるのだ。

これまで色んな人にギターを教える機会はあったが、時間が空いてもちゃんと押さえ方を覚えてる人などいなかった。ま、それはただの練習不足か。

 

ビクトリアは今よりずっと小さい時から頭が良かった。なんだかボクの考えていることまでも、全部分かっているような顔をするのだ。そして弄ばれる。ビクトリアのほうが一枚上手のようだ。一緒にいると面白い。次はどんな動きをするのか、ある意味、目が離せない。

 

ビクトリアはボクの音楽活動にもかなり貢献してくれている。トークのネタをたくさん提供してくれるのだ。ライブで鉄板ネタとなっているトークもビクトリアの話題は多い。

 

ある日ビクトリアが幼稚園の送迎バスの中で歌を口ずさんでいて、先生が「それは何のお歌ですか?」と訊ねると、「万大の歌よ!」と言い放った話や、ボクが抱っこしようとした瞬間に耳元で「重いよ。」と低いドスのきいた声でささやかれた話。

傑作だったのは、ボクと遊んでいて突然ビクトリアの顔色が変わったことがある。今の今まで楽しく遊んでいたのに、急に怯えたような顔をするのだ。するとその直後にボクの口元を指差して、

 

「は、歯が伸びてるよ!」

 

この時の顔は今でも忘れられない。緊急事態を報らせるような、ボクの身に危険が迫っているというのを伝えたかったのか、或いはこのまま歯が伸びれば私の身も危険だと察したのか、真相は定かではないが、気になるのは、出会って数年が経っているのにどうしてこのタイミングで歯が大きいことに気付いたのかということ。

これまで一緒に過ごしている時間は長いというのに。

 

数年かけてたどり着いた推測だが、子どもの目線に立つと、ボクを下から見上げることが多い。下から見る前歯というは、正面から見るよりも迫力があり、尚更大きく、長く見えると言うことが判った。なるほど。今までは前から見ていて多少は大きいなぁと思っていたかも知れないが、ふと何らかのタイミングでボクを見上げた時に、いつも見ていた前歯が普段より伸びているように見えた。こう考えれば合点が行く。今ビクトリアにこの時のことを訊いても、きっともう覚えていないだろう。

 

まだまだたくさんビクトリアの話はあるが、続きは、どうぞライブにお越しください。

 

そんな音楽好きのビクトリアの両親は、ボクが初舞台を踏んだあの結婚披露宴の、まさにあの二人だ。

夫婦の歩みは、ボクの音楽人生の歩みでもある。