「フラーハウス」

いつかのテレビで奥田瑛二さんが、ミッキーマウスを見ると泣いてしまうと告白していた。それは映像やぬいぐるみではなく、ディズニーランドにいるご本人を見た時に限るそうだ。謁見にも近いそれは、神々しくて近寄りがたく無条件に「くる」ものがあると。

 

これを見ながらひとり頷いていた。

 

ボクの場合はミッキーマウスではないが、大学に入ったあたりから涙腺がおかしくなった。

テレビで流れる赤の他人の結婚式の映像とか、地の底から這いあがり夢のような成功を手にした人の「いかにも」要素たっぷりのお涙ちょうだい物語。何を見てもウルウル、グスン。

映画の途中に音楽が流れてくる瞬間も危ない。特に感動する場面でなくても、画面と音楽との一体感とその迫力に感極まる。映画の最中に音楽が突然流れてくる場合、大抵、音が大きい。壮大な音楽なら尚更。なぜかしら大きい音に反応するようだ。

 

そういえば、このあいだ「フラーハウス」を見た。

 

日本でも大人気だったアメリカのコメディドラマ「フルハウス」のキャストが再集結し、シリーズ開始から29年後を描いたスピンオフシリーズ。

約10年にわたり制作されたオリジナルシリーズはボクが生まれる前から日本でも放送されていたが、ボクが中学生になるまで教育テレビで何度も再放送されていたから、キョンシー映画と同じくらい馴染み深い。

 

おととし、続編制作のニュースを見た時は嬉しくて嬉しくて仕方なかったが、裏腹に不安もあった。

制作終了から20年、はたして当時のオリジナルキャストが集まるのだろうか。

アメリカは、ドラマに限らずバンドやなんかでも、メインボーカルはそのままに再結成するたびにメンバーが変わったり、ひどい時はバンド名だけが残ってメンバーが全取っ替えしてしまうことだってある。古くからのファンは、どんなに歳を取っていようがオリジナルキャストにこだわりたいもの。

ところが、そんな心配をかき消すように「フラーハウス」に関するニュースが次々に流れ、遂に、当時のキャストが集結することが伝えられた。

 

しかし、またまた問題発生である。

当時のメンバーが揃うのは嬉しいが、吹き替え版の声優陣はどうなるのだろうか。

「フルハウス」の人気を支えた大きな要因は、吹き替えの面白さだと思っている。今では全員がもう大御所中の大御所で、映画やドラマの吹き替えやアニメはもちろん、テレビのナレーションなどでもその声を聞かない日はないという人たちばかり。単発の映画とは違って数年単位で続くシリーズものだから、一話あたりのギャラを考えると製作費は大丈夫なのかと余計なお世話だが、やはり気になるところである。

その後のニュースで声優陣も誰一人として変わることなく全員集合することが発表された。早速、感激の涙ポツリ。

 

ついつい好きなことを話し始めると止まらなくなってしまう。失礼失礼。本題に戻ろう。

 

「フラーハウス」第一話で、いい感じに歳を重ねたキャストたちが一人ひとり、次々に登場する。まるでドラマがずっと続いていたかのように、みんな、そのままの雰囲気なのだ。

そして誰かが登場する度に、歓声が沸き上がる。そう、その歓声がいちばんイケナイ。

 

一瞬にして涙腺大爆発なのだ。

 

この体内からふつふつと込み上げる熱さ、何かに心臓を叩かれているようなその感覚は説明のしようがない。

例えるならば・・・クリスマスの一か月も二か月も前から窓際に吊るしたサンタクロースへの手紙を毎日毎日眺め、やっとプレゼントが手元に届いたけど、待っていた時間の愛おしさと手に入れた瞬間の拍子抜けした気持ちが混在する子供のような、或いは、高校受験の合格発表日に、きっと合格してるだろう、大丈夫、ぜったい受かってるさ、と自分に言い聞かせながら掲示板に張り出された番号を見て、ほーらやっぱり合格してるじゃーんという、安心感と不安の両方に苛まれながら過ごしてきた日々が一瞬で報われるような、そんな感動に似ている。