「めでたく」

今日、二月十三日は、ステージデビュー七年の記念日である。

七年前のまさに今日、ボクは初めてステージに立った。

つまり今日をもってめでたく(めでたいのか?)活動八年目に突入したというわけだ。

 

初ステージの時のことは鮮明に憶えている。

 

親戚の結婚式で、谷村新司さんのコスプレをして、アリスの「さらば青春の時」、「明日への讃歌」を歌った。

どういう選曲なんだよ、と思われても仕方がない。自分でも思うのだから。

だがしかし。当時のボクはアリス狂。アリス以外の歌は聴かない、弾かない、歌わない、謎の三原則厳守の時代であったから無理もない。そういうわけでアリスの楽曲の中から、なるべく相応しい歌を選んだつもりだった。

 

そして理由はもう一つ。実は当時、ピアノを習っていた。小学六年から三年間。自分から始めたわけではなく、姉に誘われてなんとなく。先生が嫌いで練習せずに反抗していたため何にも身に付かなかった。残念なことに「さらば青春の時」はギターではなくピアノ曲。だから当初はピアノで弾き語ろうとしていたのだが、どこを探してもピアノの譜面が見つからない。本屋や楽器屋に置いてあるのはギターブックばかり。

 

じゃあギター始める!

 

と一念発起した。本番まで四ヶ月という時。ゼロからの出発だったが、必ず出来る、という根拠のない自信があった。それが二つ目の理由である。

しかし当然ながらギター初心者なら誰しもが挫折する魔のコードには苦戦した。ステップアップする為の第一関門みたいなもので、人差し指を使って六本ある弦を全部抑える、所謂バレーコード。最初に登場するのは大抵「F」コード。

この「さらば青春の時」にも随所に登場した。克服までに一ヶ月を要したが、本番ギリギリで間に合った。

 

当時は本当に怖いもの知らずで緊張なぞしたことが無かった。どんなところでもどんな時でも何にも考えずに、我武者羅に歌った。今みたいに音響のこともさっぱりだったから、マイクが悪くてもお構いなし。今のほうがよっぽど緊張するし、ステージに対して神経質だ。

ステージに出始めた当時は、若さ故、過信しすぎていた部分がある。ギターを始めた理由が「谷村新司になる」ということだったのも大きい。谷村さん「みたいに」ではなく、そっくり本人になってやる! と強く思っていた。気がどうかしているが本気でそう思っていたのだ。だから、自分は谷村さんなんだ、と思ってステージに立っていた。ところが、モノマネという認識は皆無だった。他人からどう言われようが、自分の中では、あくまでモノマネではなかった。

 

アリスから少しずつ離れるきっかけは、大学進学で宮崎を離れたことではないかと思う。高校二年くらいからは、それまでの「アリス鎖国」と決別して開国し、もともと好きだった昭和歌謡を再び聴くようになっていたし、福岡で暮らし始めて自分のもとに入ってくる情報量も明らかに違った。民放二局の世界しか知らなかったから、チャンネルの多さ、テレビ番組の多さに感激しきりだった。宮崎では砂嵐しか映らなかったチャンネルに、ちゃんと人が映っている。音楽番組も幅広い。色々と見ているうちに流行りのJ-POPも聴くようになり、ボクのウォークマンにはジャンルを問わない楽曲が三千曲ほど入っている。これからまだまだ、まだまだ増えていくから容量が追い付かない。本体メモリがパンクしそうになったから、SDカード付きのものに買い換えたほど。

 

たった七年のうちに音楽に対する価値観が大きく変わった。原点であるアリスは自分の基盤となって足元を支え、昭和歌謡は血となり肉となってボクを動かし続けている。


これからボクは何処へ向かうのだろうか。先は見えなくても、歩みを止めることはない。

 

ところで明日はバレンタインじゃないか。どうせ今年もお返し代の心配はいらないのだ。

先の見えない不安がここにもう一つ。