「エッセイたるや」

二ヶ月でアルバムのライナーノーツを全曲書き終えたので、今週から通常営業に戻りますよ。

 

と言いつつも先週はちょっと休んでしまいまして、別に大したことではないんです。体調不良でも、失踪していたわけでもなく、ただ、間に合わなかった。それだけでございます。

何ヶ月ぶりですかね、こういう形での休刊は。

 

言い訳します。

 

実は大学のテスト前で、加えて創作活動、二月のステージの準備やらなんやら、それと週末は宮崎での本番と移動もありましてね。

「うわぁっ! やっべ! 時間ねぇ!」って声が出ちゃうくらいバタバタしていたんですね、これが。

でも実際本当に忙しかったのは先週より今週でした。だけども、おう、やってやろうじゃねえか、という気持ちで書いております。

当初はどんなに忙しかろうが、どんなに体調を崩していようが休まないでやらねば、と思っていたこのエッセイでしたが、やはり無茶はしてはいけないと悟り、これからもたまにこんなことがあるかも知れません。

数少ない、エキセントリックでマニアックな「週刊 長谷川万大」の読者の皆様、どうかその時はあたたかい目でお見守りくださいまし。

 

一通り言い訳を並べたところで、ずっと言いたかったことがある。

 

この「週刊 長谷川万大」は、毎週の更新のお陰か、ボクの近辺からの認知度はそこそこある。読んでいるかどうかは知らないが、そういうのやってるよね、なんか知ってる、という人が多い。

同い年の友達で、毎週読んでるよ、と声を掛けてくれる人もある。まさか同世代が読んでくれてるなんて、感謝感激である。

言いたかったのはそんな自慢話ではなく、これをブログと認識している人が多いということだ。

 

「ブログ見たよ~! 週刊長谷川万大だっけ?」

 

その度にブログじゃなくてエッセイだしコノヤローと訂正するが、そんなことどっちでもいいじゃんみたいな顔をされる。

 

やかましいどっちでもよくないわい。

 

ブログとエッセイ、何が違うの? と訊かれても、きっと的確に違いを答えることはできないが、ボクの中では一応区別している。

ブログは双方向だが、エッセイは孤独なもの。

日々の出来事を自分の思うがまま、時には飾り付けて書くこともいいが、自分自身の本質を削りだして、書いていくうちに自分も知らない何かを自分の中に発見できるのがエッセイだと思っている。

誰かの共感を求めない。

ボクはこう思っています、みんなはどう? 或いは、みんなもそう思うよね! ではない。読者がどう受け取り、感じるかは管轄外なのだ。つまりは、自由ということ。

ただ、誰かに見せるものであるということが前提であるのを忘れてはいけない。孤独ではあるが、独りよがりでもいけない。あくまで、世の中にはこういう考えをする人もいる、長谷川はこう感じているんだ、と知ることで、読者の方がそれぞれに抱く重たい感情や想いを軽くしたり、和らげる手助けになればいいな、とは思っている。

 

これは日記ではない。

 

第一回目で書いたように、いつかこれを読み返した時の自分へのメッセージであり、いつでも“今”を生きていたのだという足跡なのだ。