「カラオケ」

 

実はカラオケにはあまり行かない。

 

誰かに誘われない限り、自分の意思ではまず、行かない。

やっぱり生演奏で、自分で弾いて歌うのが気持ち良い。

 

 

でも中学生の頃は信じられないほどカラオケ好きだった。楽器を弾けなかったというのもあるかも知れないが、お客様の前で歌わせていただくようになるなんて夢にも思っていなかったわけで、だけど少なからずその願望はあったから、ステージで観客を魅了するスターに自分を重ねて陶酔する唯一の手段、それがカラオケだったのだ。

    

今でこそお客様を前にして歌わせてもらっているが、その当時はとんでもなく歌が下手くそで、それでもって人前で歌うのが好きだったから、ずいぶんイタかったなと振り返る。あの頃は下手だという自覚も、周囲から白い目線が送られている自覚も全くなかったから何とも思っていなかったが、今思えばゾッとする。それがよくぞここまで成長したものだ。

近頃は涙腺が弱くて、見ず知らずの人の結婚式の映像を見ただけで泣いちゃうくらいだから、自分の成長を思うと涙どころか鼻水まで我先にと出てくる勢いだ。

だが当時を振り返るとやはり吐き気をもよおすほどにゾッとする。


中学一年生くらいの頃か。知り合いの家でのホームパーティ。2、30人は来ていたと思う。

ちょうどそのお宅にマイクとリモコンが一体化しているタイプの家庭用カラオケ機があったので、それを引っ張り出してもらって延々と歌っていた。

よせばいいのに歌詞が映し出されるテレビ画面ではなく、みんなのほうを向いて。もういいよ的な雰囲気を物ともせず、しかしあの当時から人前で歌うことが好きだったのかと思うと何だか感慨深い。

 

だってその当時といえば映画を作っていた頃だし、アリスにもまだ出会っていない。阿久悠さんに憧れて作詞は始めていたかも知れないが、本気で歌を目指そうという気持ちなど心の片隅にもなかったに違いない。

 

 

人生何があるか分かりませんな。

 

 

それからステージに立つようになって数年間はほとんどカラオケに行かなかった。自分で弾いて歌えるようになったからだ。

あんなにカラオケバカだったのに、これほどまでに変わるものかと。

 

 

そんな中、珍しく友人たちからカラオケに誘われた。

 

本当は行きたくなかった。

 

というのも、今度は今お話ししたこととは別の理由で、同世代とカラオケに行くとなると、明らかに歌う歌が合わない。

ボクが歌っている間、みんなの目はテンになるだろうし、逆にみんなが歌う歌が分からないから、楽しめるのか不安になった。

 

ところが、ふたを開けてみるとこれが意外に楽しかった。

なんというか、普段は自分の好みの歌しか聴かないから、みんなが歌う歌が目新しくて刺激的で、この歌は何だ! それは何だ! と心の中ではしゃいでいた。

ボクは偏屈だから、これが好きなら本当にもうこれしか聴かない、見ない、振り向かないという感じだった。

この頃に比べるとかなりそれは無くなって、興味のないものにも一度向かい合ってみたりするようにはなったが、それもこうした衝撃に出会ったからこそである。

 

でもやっぱりカラオケを素直に楽しめないのは、ちゃんと歌わなきゃいけない、という思いが心に刻まれているからではないかと思う。

いくら友人たちと一緒でも、お客様の前で歌うわけではなくても、中途半端な気持ちで歌うわけにはいかないと無意識に気持ちが引き締まるのだろう。