「サザエさんがいる日曜日」

最近の楽しみは「サザエさん」だ。

小学生の頃、日曜の夜は「サザエさん」を見た後チャンネルを裏にし、「さんまのスーパーからくりTV」を見て、「どうぶつ奇想天外」を見て、「行列のできる法律相談所」を見て、「おしゃれカンケイ」を見て、「世界ウルルン滞在記」を見る、というのが習慣だった。イマドキの言葉に置き換えるならばルーティーン。

 

それはそうと、『チャンネルを裏にする』って何? と思われた方もあるでしょう。

ワタクシの地元では、いたってポピュラーな表現なんですよ。知らないんですか。

いやですねぇ、トカイジンは。

宮崎には民放が2チャンネルしかありませんから、他の番組を見たいときは「裏にして」、もしくは「逆にして」と言わなければなりません。

便利ですよね、裏と表で通じるわけです。

もしあなたが宮崎県民とテレビを見ていてこう言われた時は、決してリモコン本体を裏返してはいけませんよ。私はここでちゃんとお教えしましたからね。

 

「サザエさん」は日曜日の家庭に平和な風景を届けてくれると同時に、「明日から学校だ」という現実を突きつけてくる恐ろしい存在でもあった。

 

ところが、最近の「サザエさん」はちょっと様子がおかしい。

なんというか、非常にぶっ飛んでいる。明日のことなんてどうでもよくなるくらいに、だ。

 

タラちゃんにお菓子か何かをあげて口止めをした(多分こんな感じの内容だった)カツオに対してサザエさんが『賄賂だ、汚職だ』などと言い始めて、それを聞いたタラちゃんが『僕もリカちゃんに賄賂あげるですぅ』と言い出す始末。

タラちゃん、、

 

国民的アニメにいったい何が起きたというのだろう。

 

他の回では、サザエさん一家が海に行き、カツオが砂浜に波平の似顔絵を描いて、「髪の毛多くしといたから」と枯れ葉が連なった枝を頭部に付け足していたのも忘れがたい。

 

毎週そんなダーティーな一面を見るのが楽しみで仕方ないのである。

 

国民的アニメと書いたが、どんな基準を満たせば国民的と冠することができるのだろう。

ネットで検索をかけてみると、“国民全体に関係するさま、行事”、“子どもからお年寄りまで誰もが知っている、または親しんでいる”と出てくる。

明らかに後者である。

だとしたら、そんな老若男女に親しまれているアニメがブラックに染まっていてよいのだろうかと一声あげたくなる。

 

最初のうちはそう思っていた。だが、見ているうちにそのスタンダードでありながら異色を放つ世界に引き込まれている自分がいて、生まれたときには既に当たり前に在り、家族で見ても安心するものだからこそ、そんなブラックユーモアも必要なのではないかと思えてきたのだ。

 

子どもはアニメを通じて、世の中を知ることもある。それが何より手っ取り早い。

 

幼い子が親と一緒に見ていて尋ねる。

『ワイロってなに?』 『オショクってなに?』

さぁ、子どもに分かるように答えられるだろうか。子どもに分かるように、というのは恐らく一番ムズカシイ。

先に言いますがボクには無理です。(笑)

 

子どもは覚えたての言葉はすぐにどんな場面でも使いたがるから、キケンな言葉を教えると面倒くさいことになりかねないが、それが勉強なのだ。使い方を誤れば注意するのが周りの仕事だし、机の上より実践したほうが身につく。

「子どもだから許される」特権は子どものうちに存分に使っておかないと、後から痛い目に遭う。

 

「サザエさん」は、その”国民的”の名の下で、しっかりと責任を果たしていると思う。